壁に耳あり障子にメアリー

瑞々しさを失わないための備忘録。ブログ名が既に親父ギャグ。

昼の生活と夜の生活

イギリスは日本の人口の半分だから昼の生活しかないということに気付いたのは、僕が昼夜逆転の生活に陥ってからだった。

 

そのころ僕は、大事な申請書をずっと書いてて、その間に学会でアメリカに行ったり、アメリカでマイコプラズマ肺炎にかかってずっと寝てたりしたから体内時計が狂ってしまって、イギリスに帰って来てからというもの、朝の8時ごろに寝て昼過ぎに起きるという生活になってしまった。

 

 

申請書を書くだけなら家にいながらでもできるし、当初はそれほど不便していなかったのだが、夜中(体内時計的には昼)にお腹が空いて、コンビニでも行こうかなと思ったときに、お店がどこも開いてなくて初めて困った。イギリスには、基本的には24時間営業のお店がない。たまに駅前とかに中東とか東欧から来た移民がやっている小さなお店があり、それは24時間営業なのだが、いずれにせよ、その数は圧倒的に少ないし、家からも遠い。

 

日本にいたときも、大学院生だった僕は、いい身分だったから、昼夜逆転の生活をして論文を書き上げていた。そのころは、昼間に生きている人とほとんど同じ生活ができた。必要なものがあれば近所のコンビニで大抵はそろうし、お腹が空けば牛丼屋に行けばいい。そこでは、昼間の生活と同等のサービスが受けられる。

 

日本では、昼の生活と夜の生活があり、それぞれにそれなりの人口を抱えている。昼間に働く人もいれば、夜に働く人もいるし、昼間にお酒を飲む人だって、夜に商談をまとめる人だっている。そして、昼も夜もお腹が空けばコンビニ弁当や牛丼を食べる。昼の生活と夜の生活は、時差がちょうど12時間あるだけの全くパラレルな世界線である。日本では、この二つが半日ごとに繰り返されている。

 

だから、イギリスで、僕が感じたことは、この国には夜の世界線が無いんだなということだった。昼間の12時間だけで成り立つ世界。もちろん、夜に起きている人もたくさんいる。けれど、彼らはナイトクラブで踊ったり、パブでお酒を飲んだりしている昼の世界の住人たちである。日本のように夜働き昼寝るという夜の世界の住人ではない。

 

それには、いろんな理由があると思う。社会学的な理由、経済学的な理由、文化的な理由、宗教的な理由。でも、僕は、シンプルに、人の少なさがその理由なんじゃないかなと思ったりもする。昼間の世界だけですっぽり収まる人口。日本の約半分の人口。日本は、人が多いから、昼の世界からあふれ出したはぐれ者たちが夜の世界を開拓していったのだ。そうやって、12時間おきにパラレルな二つの世界が出来上がった。

 

夜の世界のない国で、はみ出してしまった僕は、夜中、窓から星を見るためにカーテンを開ける。隣の部屋やそのまた隣の部屋のカーテンは閉まっている。きっともう寝ているのだろう。そして、いつしか朝になり、眠くなり、僕は日光を遮断するためにカーテンを閉める。ちょうどそのころ、隣の部屋ではカーテンが明けられるのだろう。まるで、夜と昼がそこで区切られているかのように。